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天と海 英霊に捧げる七十二章(抜粋)
2015/08/12(Wed)

天と海 英霊に捧げる七十二章(抜粋)
 浅野晃  朗読 三島由紀夫 作曲・指揮 山本直純

30
ながいながい夜だった
彼らは耳を傾けてゐた
じつにいろいろの声が
語りかけて来たから
父なる声
母なる声
姉なる声
師なる声
友なる声
逝いて遠い友の声さへ
かれらは見たのだ
めいめいの持場にあって
美しい形を
まだ生まれない前に見た
数々の美しい形を
見たのだ
責務といふ名のもとに

66 アジアの岸の歌

曾て不毛の河辺に
寝ずの番してゐた彼らであった

天のどんな予兆も聞きのがすまゐと
全身を耳にしてゐた彼らであった

影に充ちた夜であった
草はやはらかく幼子のように
眠ってゐた
君たちもどこか草のように幼子めいて
見えていた

満点の星は身をふるわせて
縛されたされた女性を凝視してゐた
アジアという名の漠たる女性は
漠たる永い夜に縛されてゐた

あの刻 彼らの耳は
何をきいたのか

さかしらな人間があやつる舞台が音たてて
廻っただけなのか けれど
そんなことが 君らの願ひと
何のかかはりがある

君たちは装いを改めた
争って祖国の急に赴いた

花のような羞ぢらひのなかに
五月の夜よりもかぐはしく

やさしい思い出とも別れ
答えなき天に
おのれの影を投げながら

ひとり世を超え
おそれもなく
ためらいもなく

意味ありげなものの虚妄を
悪しく意味づけられたものの虚妄を
はげしく拒み また拒み

人みなが冷たしと見る
アジアの岸の夜明け前に
虚妄の意味を焼きつくし
おのれひとつの焔を燃えて

おそれもなく
ためらひもなく
花のような羞ぢらひのなかに
五月の夜よりもかぐはしく

聖なる戦いの真実を
おのれひとつに証(あかし)しして
闇の汐にの呑まれていった

君ら運命を超えて逝ったものよ
いまこそ 魂を鎮めるとき

67
われらが尽きぬ夏の日は
青い海が白い船を逝かせ
渚に光あふれ
瞳燃え
いかに永い別離が
われらを捉え
はるかな夜にさまよわせようとも
いつもここで
わたしらは出会ふ
生きるかぎり のちの世までも

68
ミンドロの岬から
シブヤンの水道から
スリガオの海峡から
デナガットの海から
ミンダナオの海から
サン・ベルナルデイノの迫門(せと)から
パラワンの島から
スルアンの島から
エンガノの沖から
サマールの沖から
レイテの沖から
サイパンの島から
テニヤンの島から
グアムの島から
アンガウルの海から
ハルマヘラの海から
パラオの島から
ヤップの島から
トラックの島から
ルオットの島から
クェゼリンの島から
タラワの島から
マキンの島から
ペリリューの沖から
モロタイの沖から
ビアクの島から
ニユーギニアの岸から
ブーゲンヴィルの島から
ソロモンの海域から
ツラギの島から
ガダルカナルの島から
ルンガの泊地から
ミッドウェイの海から
アッツの島から
帰って来い
帰って来い
帰って来い

69
赤道の秋
ひややかにうねりを返す浪の背に
祖国の声が 青い天から
呼んでゐる
捧げた君らの
尊い名を

70
静謐で清淨な空間を充たす
無尽の光
このひたすらな挺身者
時は いま 重い足どりで
歩いている
偽りの歴史を
じっくりと溶かすべく

71
すべては逝く
知つてゐたその人も逝く
録されたすべては亡びる
けれど記憶は殘る
けれど天は忘れない
すこやかにありし日のまま

72
死を超へて
なほも多くの日付がある

天と海 (完)


天と海

昭和40年(1965) 浅野晃 「天と海 英霊に捧げる七十二章」出版
昭和42年(1967) 三島由紀夫の朗読、山本直純の音楽という組み合わせでレコード化

『「天と海」の主部は、スンダ海峡を漂流しながら見たバタビヤ沖の海戦の強烈な印象が元になっている。輸送船団はみな錨をおろし、上陸ははじまっていた。その時私らの佐倉丸は、魚雷二発をうけて沈没したのであった。
 終戦とともに私どもは北海道にのがれ、勇払(ゆうふつ)の曠野に五年住んだが、その間、思いは多くの戦いの終始、わけても若くして国に殉じたおびただしい英霊の上に走った。自然、「天と海」は、北の曠野にあって、遠く南溟を思う格好になった。私はこの一作に微力を尽くした。戦後20年を便々と生き存えた罪も、これで幾分かは償われたような気さえした。………「謝辞」より』

『「天と海」は、叙情詩であると共に叙事詩であり、一人の詩人作品であると共に国民的作品であり、近代史であると共に万葉集にもただちにつながる古典詩であり、その感動の巨大さ、慟哭の深さは、ギリシャ悲劇、たとえば、アイスキュロスの「ペルシャ人」に匹敵する。この七十二章を読み返すごとに、私の胸には、大洋のやうな感動が迫り、国が敗れたことの痛恨と悲しみがひたひたと押しよせてくる。浅野晃氏は、日本の詩人として最大の「責務」を果たしたのである。………三島由紀夫』





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