亀井先生ってどんな人


明治44(1911)年2月10日生まれ。

 満州鉄道の調査部に席をおく。(野村宣行先生より平成10年12月に私が聞く)

 本場の少林寺拳法、藍川流合気術各々師範、根っからの宗教家、それに支那派遣軍随一の射撃の名手。(機関誌13号「感銘」栗田延俊)

 日蓮宗の一派の宗教団体「国柱会」の会員

 戦時中、応召なさるまで、政治運動に携わり、東条内閣打倒を唱え、東奔西走、講演に明け暮れ、その間家族を顧みることなく、為にご家族は生活にも困られること甚だしかった、と聞き及んでおります。

 当時は官憲の追及がきびしく、同志の方々は故高石登先生を含め殆どが捕らえられ、留置所に入れられたそうです。四国では頭目として特に警察から目をつけれれながら「捕まらなかったのは俺一人だった」と、良く自慢されたものでした。本当に先生は国を愛する方でした。外国のような人工国家でなく、自然国家である日本を非常に愛されて、いつも、国ということが頭から離れなかったようです。 ・・・(機関誌35号「想い出」中川雅量)

 私は学生時代には神経衰弱になって、カナ文字まで忘れてしまったことがあった。そのうち胃潰瘍をおこして、もう現代医学からは縁を切られてしまった。・・・胃潰瘍の病みきった痛さというものはホントウに辛抱しきれるものではありません。・・・私は十年余りも医者の遍歴で暮らしたが耐えかねる痛みに悩まされ続けた。・・・とうてい言葉ではつくされない苦しみがありましたが、現在こうして元気にやって参りましたのは、 当時満州の馬賊の大頭目であった白○ョ○女史という女傑の電気治療所で、野一式の電気を欠けてだんだん快方に向かったのでありますが、・・・そのときに信仰もその婆さんから植えつけられた訳なんですけれどもね。

 ところがこんどは家内が産後の肥立ちが悪くて両足が立たなくなり、両眼失明というようなことがおこった。これもお医者さんにかかってどうも治らない。・・・それから長男が廊下を走っておって転んで足が立たなくなってしまった。それで日赤病院に行きましたら、「これは股関節を傷めておるんだからこれにはギブスをはめなければならない」といわれて・・・石膏でかためた大きなギブスに足をほうり込んで寝かしたままです。・・・婆さんに相談に行きましたところ、・・・治るんだと云われた。そして実際治った。

 その婆さんというのは、満州で中風になって、満州では治らないので、この道後に帰ってきて(その婆さんの屋敷は今も残っておりますが)、そこで野一式の電気をかけて、ご自分がだんだん治ったもんだから、老後の小使いかせぎにとやり出したのが動機で治療師になっておった訳なんですね。(機関誌25号第39回全国講習会録音速記)

昭和22(1947)年、厚生省は(1)科学的ではない、(2)種類が多い、(3)業者の素養が低い、(4)玉石混淆と言う理由で療術行為の禁止の法案を可決。ただしすでに営業をしている者については8年間の猶予をもって、昭和30年まで営業を許可し、その間に転職をするように指導。

 先生が療術の道に進まれたのは、ご自身が医師より見放された難病を療術によって命拾いされたことと、終戦後、療術抹殺の悪法からその道を守り、療術への恩返しせんが為に、約束された会社の栄進コースを放下し、新しい療道の学術の開発に取り組まれたものと拝承する。(機関誌34号「恩師を足跡を忍びて」矢野暉雄)

昭和24(1949)年3月「療術臨床必携」を編集。(38才)

昭和26(1951)年10月 身体均整協会設立。(40才)

昭和33(1958)年11月の夜間6日間にわたって地元の協会同人の先生方の為に行われた、12種体型の解説と基本操縦法の指導会があり、・・・・その操法技術は、先生の非凡な英知と創造力により構成されたものであり、かって誰人にも師事して習得されたものでないと承る。

 先生がそれまで師について修練されたのは、むしろ武道の方であって。特に古流合気術や少林寺拳法では一家をなしておられたようである。「身体均整法特殊操法」の巻頭にも」「身体均整法は少林寺拳法、藍川流合気術、並びに療術の、体観によって創始した身体強健の道術であります」と記されてあり、この指導会の折りに戴いた身体均整法体型観歪術の段位免許状には「身体均整法創始者・少林寺拳法、合気術師範・亀井日進」と記されてあった。

昭和33(1958)年に整体協会四国支部が松山に発足した際には、亀井先生はその顧問になっておられることが、その当時、荒森琢三氏からいただいた整体講習の案内の通信の中に記されたあった。(機関誌34号「恩師を足跡を忍びて」矢野暉雄) 亀井先生45才

昭和35(1960)年 ← 2回目か3回目の講習会の休憩の時です。私の所へ亀井先生が寄って来られて、「田中君(徳島県鳴門市)、松山まで来なくても、君の所の隣りの香川県高松に、野口先生の整体協会の支部があって、研修会をしているから、高松だと2時間もあれば行けるので便利だから、整体協会の方へ教わりに行つたらどうかね。療術界は小さな個人個人の技術集団ではいけない。やがては大同団結して、より良い技術を磨き、社会の多くの人に認識して貰わなければならない。その為に我々は均整とか、整体とか、指圧とか、カイロとか自分達の縄張りの心をすてて、手を取り合つて研究する事が大切です。それで、将来は整体も均整も手を取り合いますから、勉強は近くで便利な高松の整体の方に行きなさい」と言われましたので、私は少々面くらいまして、一瞬返事に困りました。

・・・亀井先生は白分のつくられた均整法の盛会よりも、療術界のより盛会である事を優先された考えから発した私への御忠告だと思い、その様な先生の人柄に私は心を引かれた・・・(機関誌35号「私の回想」田中静夫)

昭和40(1965)年 亀井先生54才 もう10年も前ですが、大阪での講習会が終わって・鳥羽へ慰安に行つた時に、同伴させて貰いました車中、3日間の講師で疲れて居られたのでしょう、先生がウトウトされていた時、年輩のS先生に大声で「師匠が疲れているのに田中君、調整をしないか。しなさい」とどなられ、私も少しウトウトしていましてビックリ。なる程、亀井先牛の前に居ながら気の付かなかった自分に苦笑しながらも、亀井先生に「足を出して下さい。調整を致します」と足を取ろうとした時、先生は手を振つて「君達は遠方から、講習会費を払つて均整法の講習に来たのであり、私は又講師をしたのであって、弟子という関係ではないのです。御一緒に慰安に来たのですから、そんな心配はしないでほしい。」と云つて足を出されませんでした。引き下る訳にも行かず、・・・普通の人は、講習会や研修会で講師や指導をしますと、あたかも師弟関係の師匠の様に思つて、命令をしたり、私用に会員を使う人が多いものです。亀井先生は、料金を払つて講習を受けに来た人に、受持ちの講師が教えるのは当然の事で、自分の仕事を果しているだけである。後々までも精神的な拘束性のある師弟関係とは別のものであると思つておられるのか。・・・(機関誌35号「私の回想」田中静夫)

 ある日、先生の研究室をお尋ねしましたところ、お客さんの頂物だと言って、ゆで卵がザルに山盛りに入れてありました。「卵をぎょうさんもらって困っている。食べろ」。遠慮なく頂戴することにして皮をむきかけたところ、「お前、卵の皮をむいて食べるのか」と不思議そうに聞かれ、先生は皮のままムシャムシャ何個も食べられるので、非常に驚いたことがありました。(機関誌35号「想い出」中川雅量)亀井先生のフォームは何型。

 師範は勝負事は一切大嫌いの先生で、・・・ただ一直線に生涯均整の研究をされ、技術は隠す事なく、しかもおしげもなく、この技は到底持って死ねないのだよ、放り出して教えるのが私の信条だよと常に講習会で申されていました。(機関誌35号「師範を慕いて20年」佐々木甚左)

昭和40(1965)年 15周年記念の機関誌に均整師全員の案内が掲載された。そのなかの四国総局愛媛支部の一会員としての亀井先生の案内。

亀井 進 明治44年2月10日生 満54歳

営業所愛媛県松山市道後町1丁目1番23号 電話0899(3)4246番

職業 ボディデザイナー・会社役員

名称 身体均整協会道後研究所

交通 :伊予鉄電車通後線道後公園前下車、線路上を戻り徒歩3分(市内電車は各線共道後が終着駅になって居ります) :バス高浜港より道後直行便あり(80m)

 いかなる事物も外形と内容とが相待って存在する。外形が内容を表現する公式を黄金率という。事物は外形の構造を失うことがあればその内容は解体する。したがって、外形を健全ならしめて内容の充実を計るがよろしい。皮を透して肉を探り、さらに深く骨髄に達するまでの深刻な観察を下し、事物の真髄を把する徹底観をもつ必要がある。人体には、皮から肉、肉から骨と、奥深く入れば入るほど幽玄微妙の作用をする精神などというものまである。これらを内包しているのが皮なのだから、人体観察の第一着手は皮を通して内容に立ち入る。その神髄に徹底することが均整法の知見なのである。

昭和50(1975)年5月 第46回全国講習会が道後温泉ニュー宝荘において開催され、(前日)16日夜お見舞い申し上げました処、寝床の左側の壁の大カレンダーに三重の赤丸が書かれてあって、この度の全国講習会には、是非とも過去に講義したことのない一点を講義しなければならない故、会場で倒れても良いから必ず連れて行ってくれと、1ヶ月前から毎日のごとく申されていると、ご令室様より承りました。(機関誌35号「師範を慕いて20年」佐々木甚左)

昭和50年11月27日、午前2時37分永眠 享年64才

亀井先生と少林寺拳法


戻る          次へ