骨格筋が随意筋といわれるように意のままに働くのならば、凝った筋肉を自分で緩めて治すことができるはずで治療家は必要なくなる。しかし、実際はそのようにはならないので、われわれのような手技治療も必要となるわけである。このような筋肉の不随意の緊張を錐体外路系からのものと考えたのが野口先生と亀井先生だった。
しかし、この錐体外路系からの命令による筋肉の緊張をどの様にして緩解するのか、その方法論においてお二人の考え方は両極端に分かれた。それが同じ12種体型という概念を共通させながらも均整法と野口整体が歩みをことにすることになった理由である。野口先生はそれを潜在意識の作用によるものと考え活元運動を治療の中心においた。それでは亀井先生はどのように考えていたのだろうか。亀井先生は科学的ということにこだわり医学的な見地からの説明を求めていったのだが、その果てに何を見たのだろうか。これが今回のコメントのテーマである。
亀井先生は筋肉の不随意の緊張、言葉を変えれば錐体外路系の関与する筋肉の緊張は反射の乱れによる現象ではないかと考えていたのである。そしてこの反射を征することが手技治療の根本原理になるのではないかと思ったようである。
ここで話を飛ばす。今回は鉄人28号。私は子供の頃、この鉄人28号のマンガを見てどうしても納得のできないことがあった。鉄人は正太郎君の操縦によって動く強大なロボットなのだが、その操縦桿はレバーがたったの二本しかない。この二本のレバーが縦横4通りに動いたとして、その二本の組み合わせは4の階乗、すなわち4×3×2×1の24通り。これでは空を飛んだり、海に潜ったり、殴ったり、け飛ばしたり、人をそーっと摘んで手のひらに乗せたり、およそ人間の行う複雑な動作のすべてを行う鉄人の動きを作り出せるわけがない。
ある時、友達に「おかしいよ」といったら、彼曰く。「鉄人の内部には電子頭脳が組み込んであるので、人間は単純な命令を出すだけで、後は鉄人が一番いい方法を考え出すから、それで良いのだ」といった。この一言で私は納得してしまったのだが、考えてみるとこれはわれわれ人間も同じである。われわれは鉄人のようなロボットなのだ。人間を人間と見てはいけない。その大部分はロボットである。
例えば、卵を握る時と鉄亜鈴を握る時に玉子だから何グラム、鉄亜鈴だから何キロにしようとは考えていない。自然にそれを握るのに適した圧力で握っている。また、道を横断しようとしている時に向こうから車がやってくると、あの車は二点間の距離を何秒で通過したから、車のスピードは時速何キロで、何メートルの道幅を歩いてわたるのには時速4キロとすると何秒必要だから、などと計算してはいない。しかし、脳はこれらの複雑な計算を瞬時にどこかでおこなっているはずなのだ。
また、ただ立っているだけでも、目からは水平線に関する情報が、体の平衡状態は耳の三半規管がジャイロコンパスのように働いて、足底筋が小刻みに収縮を繰り返し体のバランスを取り、大腿や躯幹の筋肉を適度に緊張させて立位の状態を保っているのだが、これらは意識されることはない。
このことを北里大学医学部の神経外科の橘滋国博士は「人間は考える葦」ではない、「人間は反射する葦である」(体の反射の不思議学・BLUE BACKS)といって、考えているよりも反射で行動している方が圧倒的に多いといっている。
『・・・日常的な行動は、いちいち大脳におうかがいを立てて決定しているのではない。その多くを反射神経が担当している。考えて結論を出す大脳皮質に対して、反射神経は思考不要で正しく判断する・・・「反射」は「思考」以前に完成された、生物としての基本的な神経機構であって、膨大なエネルギーを消費する大脳皮質の活動をできるだけ省略するための、生命維持機構の省エネ対策である。
・・「ヒトは考える芦である」。しかし、ここにも哲学者の誤謬がある。哲学者も生理学者も解剖学者も反射の存在に目をつぶってしまった。反射とは入力情報に対して、パターン化された出力応答の演算サブルーチンと考えたい。・・・反射には脊髄反射だけではなく、大脳皮質を巻き込んだ高度な回路を用いているものもあるが、その基本は省エネを目的とした独立プログラム集である。』
我々の意識を大きく分ければ意識と無意識の二つに分けることができるが、こうした反射は大部分が無意識の領域でおこなわれていると考えられる。意識の部分は大脳の新皮質が、無意識の部分は大脳の髄質、脳梁、脳幹(間脳・中脳・橋・延髄)、脳下垂体、小脳、脊髄の組織が司っていると考えられるが、大脳の新皮質が操縦桿で、髄質以下の脊髄までの部分が鉄人28号の電子頭脳と考えても良いのではないかと思う。そして、このように考えてみると、錐体外路系と電子回路と機械を組み合わせには、ある共通性があるように思える。
最近のコンピューターはOSやアプリケーションプログラムが複雑化したためフリーズをよく起こす。これはサブルーチン中を信号がぐるぐると堂々巡りをしてメインルーチンに戻れなくなってしまった為に起こることが多いようだが、筋肉の錐体外路系の緊張はこれとよく似た現象ではないかと亀井先生は考えていたようである。そして、おもしろい実験をしている。
『・・・私は性分として自分で体験しないと承知しないので伸反射を実験する為に扇風機を用いた。・・・右足の腓腹筋を出して一晩中を扇風機を掛け放しにした(左足は心臓麻痺を起こすから右足に掛けた)。・・・朝起きてみると、一晩中風に当てていった為に筋肉を摘んで見ると固くなっていった。その右足をグーッと伸ばした。緊張して収縮している筋肉に更に収縮させる為に伸ばしてやった。すると反動でパッと収縮して人工的な痙攣が起きてしまったのである。痛いのでウワッと引っ繰り返ってしまった。伸反射の為に腓腹筋痙攣が起きたのである。(昭和45年9月の講義・講座集23号)』
「伸反射の為に腓腹筋痙攣が起きた」といっていることに注意して頂きたい。普通、痙攣は筋肉が不随意に急激に収縮するために起こると考えられている。しかし、その前に伸びの反射があると亀井先生は考えていた。これは痙攣が起こるためには、きっかけがあって、一種のスイッチを入れるような行為が必要があると言っているのである。これは当時としては、いや今でも画期的な発見ではないかと思う。
マイクをスピーカーの向けた為にキーンというハウリングが起きることがある。これはスピーカーから出た音をマイクが拾ってしまい、その音が再びアンプに戻りまた増幅され、そこで出された音がまたマイクで拾われ、さらにアンプに戻されて増幅・・・ということが無限にくり返されたために起きる。
アンプの中にはフィードバックという出力の一部を入力側にもどして、出力を増大させる回路が組まれている。
このフィードバックループのあるところにマイクを向けるという一種のスイッチを入れる行為をしたためにキーンと発振してしまったのだが、痙攣もこの現象と同じで「伸びをする」という行為により筋肉で起きたハウリングなのだと亀井先生は考えたようなのである。
反射の形態は脊髄反射という単純なものから、スポーツのトレーニングで獲得される動作のような大脳皮質までをまきこんだ複雑なものまで色々あるが、今、単純といわれる膝蓋腱反射に例を取り考えてみると、膝のお皿の下の腱部をたたくと、その刺激は膝蓋腱の腱紡錘という受容体にキャッチされ、そこから求心性のインパルスが発信され、そのインパルスの一部は脳に向かわず脊髄で反転して、膝へ戻り大腿四頭筋を収縮させて膝関節を跳ね上げる(伸展させる)。
これが最も単純な反射なのだが、おなじように扇風機の風を一晩中当てられたために、亀井先生の右足の皮膚の冷覚を感ずるセンサーがはたらき、そのインパルスは脊髄で反転して右足の筋を収縮させる。そこに熱の発散を防ぐために大脳が関与しない省エネ型のフィードバックループができていたはずである。その回路ができあがって縮んでる筋肉に「伸ばす」という行為をすれば、ループに外乱が起こり、すでにできあがっているループの中をさらに収縮のインパルスがおおいかぶさり、電気回路が発振するように筋肉に痙攣という現象が起きたのではないか。
さらにこの考えを発展させれば、肩こりなどの凝りもこうしたループができていると考えられはしないか。したがって凝りを解消するにはこのループを切断してやれば良い。切断する方法はいろいろあるだろうが、最も有効なのは深部反射を使うことだと亀井先生は言っている。それは表面感覚(触覚、圧覚、温覚、冷覚、痛覚)とはちがった、もっと深いところの深部感覚(筋、腱、関節)から発せられる反射である。
『・・・次に運動反射というものがあるが、これは非常に派手に見える。だからテレビ用などによい。営業用である。講習会でも相手を驚かせるのに非常によいものである。しかしかなり久しく効くのものである。運動とか筋肉反射とか伸反射とかの筋肉の性質が分からなければこれを使うことはむづかしい。・・・押してみたり叩打してみたりするのは血管を利用するもので、・・・本当の治し方はやはり運動反射法である。この運動反射法によって均整法独自の頭脳調整を生み出すに至り、美男美女を造形する造形法(整顔整容法といっている)を開発するに至った。指圧療法では運動反射法は使わない。
だいたい運動反射というと筋肉を鍛錬するために使うように思われるが、均整法では異常のある場所を元のとおり生き返らす為に、あるいは立派にするために使うのである。生理学的にはこの方法を深部反射というのである。例えば叩打にしても、圧迫、振動、触擦、冷温、通刺激を用いたものは生理学的には体表反射をつかっているのである。これに対し運動をさせて調整する方法は深部反射を使っている。・・・運動反射法をいかに使うかという事は非常に大切でおもしろい。
・・・では運動反射というのは生理学的にはどう説明がつくのかというと、関節反射のことで関節の刺激によって反応が生起するのである。・・・ではどうすればその深部反射が生起されるかという事は、現代の臨床医ないし医学者にはわかっていない人が多いようである。
(昭和46年2月の講義・機関誌26号に収録)』
この説くところは重要である。高橋迪雄先生の正体術健康法では足を少し浮かせてパタンと落とすだけで体を整えてしまうが、また、橋本敬三先生は操体法で楽な方に体を動かして整えてしまうが、これらは筋肉に先に述べたような異常なフィードバックがかかってしまったのを筋紡錘ないし腱紡錘あるいは関節にある受容体を利用して断ち切るために方法だったのである。名人の秘密はここにあった。
ただ、亀井先生はフィードバックという言葉は使っていない。サブルーチンの乱れとしての説明もない。だから私がここで説明したようなことはどこにも述べられてはいない。フィードバックというサイバネティックスの用語が社会科学に使われるようになったのは、昭和45年頃のことだと思うが、まだ一般には広まっていなかったと思われる。また、コンピュータの発達は昭和55年以降のことで、すでに亀井先生はこの世にはいない。
しかし、反射に関するものは均整法の資料のあちこちに散財したままかなりの記述がある。しかも、晩年の研究はこの反射に注がれていたことを考えると、亀井先生の言いたかったことは以上のようなことだと思われるのである。この反射への研究は伸反射、姿勢反射、屈筋反射、伸筋反射などの考察を生み、さらには中和筋という運動系に働く力学的な原理の発見におよんだが、先に述べたようにそれら遺された資料のあちこちに散財したまま統合されることはなかった。
亀井先生も日々の治療と講演から離れて、手技療法の原理をまとめる執筆に専念するため京都のあたりにその場所を探したといわれているが、それは実現されなかった。残念なことにこうした概念は充分に説明されることなく終わってしまたのである。しかし、遺された数々のテクニックを見れば私が述べてきたことに帰着するはずである。
例えば骨格均整法(カイロプラクティク的な)で使うスラストの技術も、音がしたから良いというものではなく、そこに確実な反射が入り、乱れた反射のループが切断されなければ意味がない。そして、そのループが切断されれば音がでなくても効いているのである。均整では単刹那的に入れた刺激が効くといっているが、これは反射のループを切断することに意味がある。この会議室でもVEI07106さんが#923で「脊髄反射のリセットでは!?」といっているが、同じ意味だと思う。
また、葉月さんがわかりにくいと言った均整法独特の「角度・張力」もこの応用なのである。体にある角度をつくり、そこに刺激を入れれば、その角度により新たな反射が生まれる。それを整体の為に応用するのである。また、一方が変われば他方も変わるという人体の相関的な関係を応用した、相関関係の調整法も人体に働く複雑な反射の応用にほかならない。
あらゆる技がこの反射のループの分断に焦点が当てられている。均整法の特徴はあらゆる技にこれを応用したことである。反射を制することが手技療法の基本原理なのではないかと亀井先生は考えていた。錐体外路をめぐり亀井先生は野口先生とは逆の科学という分科の道を歩むによってそこに真実を見いだしたのである。
野口先生は直観という統合の中に、亀井先生は分科の中に真実を見つけた。ものの本質を探るにはこの両者が相補いながら進んでいくのが正しい道のように思う。片一方ではバランスを崩す。
参考 徒手医学の治療効果メカニズム(http://www.eolas.co.jp/hokkaido/acorn/neurophy.html)
953 QZW02663 ビーバー フィードバックループと反射 (10)99/05/21