埋もれていた手技療法の統一原理1
傾斜圧編
前のコメントで、亀井先生の悲願であった「手技界の教科書」、手技療法を統一する原理の著作は未完に終わったと書きました。亀井先生ご自身もそれに心を残されながらもお亡くなりになり、さぞ無念であったであろうと推察されます。しかし「手技療法の統一原理」は存在していたのです。亀井先生が残された膨大な資料の中に埋もれてはいますが、資料を分類整理し、つむぎ直すことにより見えくるのです。下図にしめしたものがそれです。浮かび上がってきた「手技療法の統一原理」の核となる概念です。これに現代の知識を反映させた衣を着せれば、先生の悲願の完成するのではないかと思います。
傾斜圧
傾斜圧とは
まず亀井先生は病の原因の一つには傾斜圧があると説きます。
仮に3畳一間の構造物に箪笥一棹がそなえつけてあると仮定する。構造物が東西南北のいずれかに傾斜した場合、結果はどうなるであろう。構造物ならびに箪笥を形成している素材そのものに何等の損傷がなくても、構造物の傾斜は箪笥の傾斜を余儀なくし、引き出しの開閉を困難にさせる。やがては傾斜に適応した箪笥は自らも傾斜の姿勢を形成するにいたる。この状態が永続すると素材の寿命も短くなり、最後には自壊するであろう。 人体は骨格を支柱にした筋肉という動く壁に保護された入れ物の中に、精巧な生活調度品の配列されている物質である。したがって、構造物同様傾斜の被害に例外の存在ではありえない。俗な表現をすれば、入れ物が歪めば中身も歪む法則の例外ではない。 すなわち、傾斜は生体の平衡を乱し、内部を圧迫する。この圧迫は内部を混乱させる。私はこれら一連の傾斜作用を傾斜圧といい、その被害を傾斜病と命名している。 (機関誌11号)1967.02.27より |
ただ傾斜圧という名前は便宜的につけたようで『適当な表現文字がないので、仮に「傾斜圧」と呼称しているが・・・』と身体均整法の輪郭・其の一(機関誌11号 1967.02.27)で述べていますが、あまり良い名前では無いのかもしれません。また、東洋医学では肩の凝りなど「凝り」という表現を使いますが、これも体傾斜の一つに分類して良いのではないかと思います。
しかし、体傾斜が病の一因になりうる、という指摘はたいへん鋭いと思います。現代医療の盲点と言って良いと思います。現代医療には内科、外科、皮膚科、脳外科、整形外科、放射線、・・・etcとあり、はては心療内科という心と体の相関を科学する分野がありながら、筋肉と骨格と病の相関を追求する分野はありません。心と病に相関現象があるのならば、体傾斜と病の相関現象は当然考えられてしかるべきでありましょう。しかしながら、現代医学はこの部分を欠落させているのです。亀井先生は傾斜圧という概念でその盲点を指摘しているのです。第三の医学と提唱してきたゆえんです。
今の医学界ではあらゆるものが研究されて、たいていのものは体系づけられている。しかし世界的にみて医学的、学問的に体系づけられていないのが運動系である。運動系といってもスポーツ関係のものはあるけれど、これを医学的に究明したというのは世界をあげて現在までのところないのである。私はそれに気づき、運動系の研究が閑却にされていることが人類をたいへん不幸にしていることを悟り、大胆にも力なくともこれを体系づけよう、要するにその方向にあらゆる眼を向けさせよう(と決心した)。 ・・・かつては運動系を研究する医者はあんまと同類視され異端視された。橋本敬三博士は20余年間運動系の研究に蘊蓄を傾けられた。だがそれに耳を傾ける者はなかった。しかし東北には柔道整復の学校があり、そこの生徒がようやく聴講生となったが医者は無視しつづけた。私が医学系統の雑誌に目を通していると、よく橋本敬三博士が反転療法という運動系の調整を記事にのせ警告を発する。それで周囲が耳を傾けないものだから、あるときに橋本敬三の遺言「これによって運動系を二度と再び語らない」などという悲痛なものをのせてありましたが、後に私が東北支部の研修会に招かれたおり、その前に学院長と二人で博士にお目にかかり、博士は自分一人が運動系研究に刻苦奮闘しているのかと思ったら、こういう研究をやはり系統だってやってくれる人が居るのかと、非常に心強く思われ再び運動系研究に取りくむ意志をもたれた。そういうふうに運動系の研究をすると同僚のお医者さんから爪弾きされてしまう。 (機関誌21号・身体均整法総論より-1971.4.11) ・・・しかるに、筋肉活動を基礎にした療法研究はあまり注意を払われていない。臨床上病気を発生するうえにおける軽微なことまで研究せられているが、筋肉活動における軽少な異常が病気発生の1つの要素として可能であるということは看過されている。人体の各部の固有の活動が行動性のためにあるとするなら、臨床上の見地から人体の半ば以上をしめている筋肉は、人体のもっとも重要なる部分といえる。なぜならば、すべての行動は筋肉の参加なくしては営むことはできないからである。したがって、ささいな運動系の異常もある病気を生じせしめる。もちろん、すべての病気が運動系の異常に原因するというのではないが、運動系の異常によって生ずるごとく他に多くの病気の原因となるものはない。これは運動系を機械的に研究した証明のみでなく、運動系の異常を矯正することによって、病気を快復し得たということが証明する。 (機関誌14号・運動形の異常形態より1967.03.27 ) |
傾斜圧の定義
傾斜圧とは、神経支配によって支えられたある局所の運動系の生理的あるいは人為的な軽度ないし強度の収縮、弛緩現象である。 1. 筋肉は張弛しうる組織である。ゆえに、内外より受けるところの刺激、または反射刺激を感受することによって、ある側の筋肉が対側のそれより強く膨脹あるいは緊張現象を生ずることが可能である。 2. 一群の筋肉が反復性の刺激を受けた場合は、該筋肉はついに強直状態にまで収縮する。もしも刺激が持続的であれば、その筋肉は永久的に収縮状態となる。 3. 骨格は筋肉によって支持され、筋肉の張弛によって不完全な位置になる傾向がある。 (機関誌14号・身体均整法の概要より1967.03.27 ) |
人間の運動系の能力(を)・・・調節し保持しているのは靱帯ならびに筋肉の弾力である。ゆえに、それらの弾力の制限に破綻が生じ、その弾力が低下したときに、緊張したときに関節は傾斜する。弾力はその制限を超過したときに失われる。 もしも片側の靱帯ならびに筋肉が緊張して関節を一方に引き寄せたとき、あるいは片側の靱帯ならびに筋肉の弾力が低下したときに、緊張側ならびに弾力低下の対側に関節は引き寄せられて傾斜し、行動能力は破綻するにいたる。しかして、緊張ならびに弾力の低下した靱帯ならびに筋肉がその状態のままに放置されるならば、その関節は傾斜したままいつまでも復元せずにいる。かような靱帯ならびに筋肉の有限の弾力が異常傾斜の種々なる形式を生ぜしめる。 ・・・傾斜する事によって「生きた機械」に故障がおき、「行動する機械」に可動性がなくなり、「考える機械」の方が乱れてくる。器質そのものが痛んでいるのは医者の領分で吾々の役目は傾斜によって影響を受けている人体の傾斜を除く事である。 (講座集第2号-昭和39年-1964.4.18) |
傾斜圧の分類
その傾斜圧の種類は昭和39年の講座集第2号と昭和42年の機関誌11号・14号の分類に違いがあって一致していません。また、昭和39年と機関誌11号の傾斜圧は12種体型に結びつく前後、左右、回旋・・・の大まかなゆがみを主な対象としているのに対し、昭和42年のものは、その12種体型のみならず、椎骨の前方、後方・・・といったカイロ的な変位や、圧痛、肥厚、・・・などといった皮膚の異常を含め考えています。
また、正常傾斜圧、異常傾斜圧、くつろぎ傾斜圧、防止傾斜圧、防衛傾斜圧、探知傾斜圧、鍛錬傾斜圧、応用傾斜圧などの名称が見られるのですが、正常も異常もあるいはスポーツなどのトレーニングも治療法も、あらゆるものを含めようとして、ごちゃごちゃになって仰々しく、シンプルな分類法であるとはとてもいえません。そこで、ここでは私の一存で傾斜圧は『異常状態』であると見なし、独断で新たに分類しなおしました。この方が理解しやすいと思います。
A 局所的傾斜圧
局所的傾斜圧とは、部分的、単一的な傾斜圧のことで、それ単体で観察されるものです。
皮膚
皮膚には圧痛、過敏、肥厚、高温、低温、硬直があらわれます。それぞれに特徴がありますが、ここでは長くなりますのでふれないことにします。概念のみです。
神経
神経の傾斜とは少し変な言い方かもしれません。亀井先生も傾斜圧の中に神経を含めていません。また、皮膚にあらわれる変位はすべてこの神経の作用か、経絡の異常の結果ですので、傾斜圧に含めるべきではないのかもしれません。あえて、神経を含めたのは、交感神経、副交感神経の異常に注目する操作法の脊髄神経反射法(均整では観歪法−かんぷほう−)があるからで、これも傾斜の一種としてとらえた方が頭の整理がつきやすくなると思ったからです。
経絡
同じように経絡の異常も傾斜圧に含めました。この異常を見て、経絡操縦法がおこなわれるからです。
椎骨
椎骨には前方傾斜、後方傾斜、前下方傾斜、後下方傾斜、左下方傾斜、右下方傾斜、左側方傾斜、右側方傾斜、左回旋傾斜、右回旋傾斜、後方彎曲傾斜、前方彎曲傾斜、側方彎曲傾斜などがあります。カイロプラクティックの椎骨の変位の見方のようなものだと思ってください。
筋肉
筋肉には張弛の異常があらわれます。また関節の可動域の異常としてもあらわれます。もっとも全ての傾斜(異常)は筋肉によるものですから、ここであげた筋肉の異常とは狭義の傾斜で、部分的な筋肉の異常と考えてください。均整法の『異常観察法』としてまとめられています。
肋骨、骨盤、肘関節、腕関節、膝関節、足関節、『頭骨』
上記にあげた関節には『縮小傾斜』『拡大傾斜』が認められ、また『可動域の違い』があらわれます。
頭骨
動かないと思われる頭骨にも微妙な傾斜があらわれます。細かく観察すると、目の大きさ、鼻の位置、唇の上がり下がり、側頭骨や片側の肥大、後頭骨の上下転、・・等々のゆがみがあらわれ、全身の諸症状を集約しています。それらの歪みは手技により矯正可能です。
B システム的、総合的、相関的傾斜圧
人体は単一の器官の寄せ集めではありません。それらの器官はそれぞれが有機的に繋がり合い、複雑に関連しながら営みを続けています。橋本敬三先生はそれを『同時相関連動性』という言葉を使い表現しました。システム的、総合的、相関的傾斜圧とはそうした関連に注目した傾斜圧です。
投影姿形
投影姿形とは体全体から見た筋肉の異常観察法といえますが、たとえば『大腰筋』が緊張すると『骨盤が開き恥骨が低下し、下肢が外方に回旋し腰椎が垂直で腰部が硬い。ソトガマに歩く。子宮、肺、盲腸が特に影響を受け、エネルギッシュ型である』とありまた、『腰方形筋』の投影姿形では『腰椎が側背方に屈している。腎臓、性器が特に影響をうける。腰疲れ、腰痛傾向の体形である。腰部の捻転でコントロールする。』と書かれています。各筋肉の異常を外側から見て取れます。
また、目、鼻、唇、頬、胸、臀部など歪みを矯正し形成外科的な要素も含みます。
くつろぎ傾斜圧
心中の思いは無意識的な緊張となって運動系に反射して傾斜運動をおこします。また内臓器官の緊張も筋緊張に反映し体傾斜になります。くつろぎ姿勢とはそうした身体異常の反映です。
たとえば、ある局所痛があると体が傾斜しますが、ある種の体傾斜を人工的にくわえポーズをとらせると、筋緊張が緩和し、痛みが軽減します。心にも同様の傾向が見られ、精神身体的療法に応用が可能です。
相関関係における傾斜圧
人体には梃子の原理や作用反作用といった初歩の物理で習うような物理現象も絡んできます。たとえば上腕をあげます。このあげた力の反作用は体のどこで吸収されているのでしょうか。同じように息を大きく吸います。この時この反作用は体のどこで受け止められるのでしょうか。
また、機能解剖的なメカ二ズムが存在します。たとえば『頭蓋−仙骨呼吸メカニズム(仙骨、頭骨による髄液の循環メカニズム)』『肩甲上腕リズム』『腰椎骨盤リズム』などです。
筋肉や関節などの運動器や各内蔵器は単体として機能しているのではなく、それらは有機的に関連しあいながら日々の営みを続けているのです。それらのうちより関係の深い関係を相関現象として取り上げて、その一方の改善を図ることにより他の一方を改善し、さらには体の全体の快復をはかることができます。次のようなものがあげられます。
内外の傾斜相関、左右傾斜相関、上下傾斜相関、背前傾斜相関、傾身傾斜相関、同形傾斜相関、異形傾斜相剋、同質傾斜相関、異質傾斜相剋。
12種体型の傾斜圧(前後、左右、回線、肋骨、骨盤、筋肉)
均整法独特な総合的な観察法であり調整法です。
傾斜圧の改善法
傾斜圧の改善法としては、12種体型調整法、筋肉操縦法、自他動操縦法、内臓賦活法、経絡反射法、相関関係調整法、くつろぎ操縦法、姿形操縦(整顔整容)法、頭骨操縦法、小児操法 老人操法、疼痛操法、生殖器操縦法、観歪法、救急操縦法があげられています。
1、身体均整法とは、運動系に生起される傾斜圧を転換ないし活用し体の故障を復元させる操縦技術である。 1、身体均整法とは、各個人の運動特性を傾斜圧に帰納し、職業の選択、スポーツ部門所属、進学の適否を設計、同能力、能率の向上をはかる技術である。 1、身体均整法とは、各個人の体の運用方向を傾斜圧検索に求めて、これを検出、その資料のもとに体位向上ならびに体の均整美をはかる操縦技術である。 1、身体均整法とは、各個人の行動阻害の傾斜圧除去及び傾斜圧転活体操を設計する技術である。 (機関誌11号1965.01.31) |
2001.4.27(金)